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 すう、とエレベーターの扉が閉まっていった。その様子に、半年ほど前の事件を思い出す。
 耳をまだらに打つ銃声に、怒号、叫喚。ちらりと目にしたTPFの制服に、神崎と呼ばれた女の顔。ナオと同級生だというのならまだ19だろう。若いな、と素直に思う。そんな者まで、人を殺すということをしているのだ。どうしようもない。早く、テロリズムなんていう暴力的な手段を放棄してこの国を護ることを考えなければならない。
 今、この扉の外にいるのは命を懸けてこの国をどうにかしようとしているグループと復讐を誓った大量殺戮集団ではない。スーツを着て黙々と働くただの公務員達だ。その頭の中にあるのは国や文化のことではなく、己の周りのことだ。それを別に悪いこととはいわないが、それしか考えていない人間が国家を操っているのかと思うと寒気を覚える。
 グループは、少なくとも最初はそうした意識の元につくられてきていたはずだった。最近は、と思うと眉根を寄せざるを得ないのだが。
 自分の椅子に座ってしばらくすると微かに携帯が震えた。スラックスのポケットにつっこんでいたそれを取り出し、画面を確認する。メールが一件。仕事用のアドレスではない。何か動きがあったのだろうか。TPFに組織の中央部を破壊されて以来、グループは合併、吸収など刻々とそのかたちを変えている。鈴木自身は穏健派とかいわれるような組織に身を寄せている。破壊的、暴力的な活動はもううんざりだった。
『僕のグループに来てくれないか』
 そんなようなことが、つらつらと綴られていた。鈴木がもう所属グループを決定したことを知らないのか、こういうメールはよく送られてきた。活動が派手でないということもその一因だろう。ふう、とため息をついて断りのメールを入れる。ついでに、所属グループをもう決定しているという旨を書き添えた。拡散して欲しい情報は出し惜しみすることはない、出し過ぎることもないが。
「鈴木君」
 メールを送信していると肩をたたかれた。上司だ、携帯をしまって体ごと向き直る。
「すみません、仕事中なのに」
「いや、いい。君のことだからなにか急ぎの用だったんだろ? それより、聞いたか」
「はい? 何のことです」
 聞き返すと、耳に口を寄せてきた。年輩の男特有のわずかな口臭が気になって息を細くする。
「噂なんだがな、またどこかのテロ組織がなにかやらかそうとしているらしい。しかも、狙いがな。なんだと思う」
「さあ……」
 そういえば、確かに最近あわただしい。鈴木の属する法務省はTPFを管轄しているから、テロがあるからだということはひどく納得できた。
 それにしても、こうまで勿体ぶるということは相当な大物か、個人ではないかのどちらかだ。この上司は噂話が好きだが、余計な回り道をすることはあまりない。しかもその「噂」が、大体当たっているのだ。おおよその目星は付いたが、どうにも上司が言いたそうにしていたから黙って先を促す。心得たように上司は潜めていた声をさらに低くした。
「それがな……」
 耳に息がかかる。緊張が入り交じりもっと息を詰めた。
「この国のど真ん中、国会議事堂だ」
「……冗談でしょう」
 ほとんど本心から、そういった。TPFに組織の主要部を根こそぎやられたのはまだ記憶に新しい。今だって、組織の再編中なのだ。それなのにそんなに大々的なテロを計画するのは無謀にすぎる。狙いは何だ。まさか、幹部の復讐か。馬鹿馬鹿しい。あの混戦で、死者は意外と少なかったらしい。今警察に拘留されている彼らが、今回のテロで厳しい判決を出されないとも限らない。いや、判決でなくとも構わないのだ。彼らの存在が危険であると判断されれば間違いなく、日本政府は実行するだろう。実際、TPFはそして出来ている。
「そう、思いたいけどなあ。奴らは何をするか分からん」
 参った、というように首を振る。話したいことが終わった上司はそのまま自分のデスクへと戻っていった。それを確認して、ふたたび携帯を引っ張り出す。
 さて、誰にどんなメールを送るか。過激派、そして鈴木に情報を流してくれるほど友好的な人物となると自然と限られてくる。さらに、できるだけ若い方がいい。こういう活動をして長いものはなかなか情報を流してくれないし、若い方が義理堅い。いや、先達たちが義理堅くないわけではないが、いかんせん狡猾だ。そんなことをつらつらと思い浮かべながら当てはまる人物を二、三人思い浮かべ、携帯を開く。
 あれから暫く経ったが組織の方はどうだ。
 そんな当たり障りのない、逃げようと思えば逃げられるような内容のメールを一斉送信する。まあ、一時間もすれば誰かから返答があるだろう。そう考えて、やっと仕事に向き直った。








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