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 もさもさと栄養補助食品を咀嚼して、それをゼリー状飲料で飲み下す。からになった栄養補助食品のプラスチックの包装をキーボード脇に丸めて置いて、煌々と光る画面を睨みつけた。寝癖のついたままの髪をかき回し、溜息をもらす。きっと政府内ではすでに非常事態宣言が出されていることだろう。市民がそれを知らないのは標的が政府施設に限定されているのと、下手に予告を出すと混乱するからだ。テロ予告なんてものがいかにありふれたものになっていても、さすがに国家の主要機関を狙うのは大胆に過ぎる。
 もう一口パックに入れられたそれを口に含んで、メールボックスを開き、送信履歴から一番上のアドレスをクリックする。近々直接会う宗を送信して、丸まった背筋を伸ばした。しばらく中空を見上げて、寝癖を直さなければ、と思いたつ。
 椅子をくるりと回して立ち上がり、洗面所へと向かう。
 ここの男性トイレにはひげ剃りやドライヤー、身なりを整えるのに必要なものが一通りそろっている。それは副隊長を筆頭に、ここで幾日も過ごす不精者が何人かいるからだ。もちろん自分もその中に含まれる。
 間抜けな電子音をパソコンがあげた。腰を屈めて画面をのぞき込む。さらりと目を通して背を伸ばした。早く、身支度を整えなければ。
 パソコンはそのままに、林享は幾日かぶりに部屋の外へ出た。

 もわもわと湯気を立てるコーヒーに、ミルクと砂糖を入れてかき混ぜる。いつの間にかこの部屋に常備されるようになったものだ。一年前にはこんなもの一切なかった。棚にこっそり置かれたクッキーやチョコレートも。だいぶ変わった様子にこっそり笑う。
 そんな林の様子を見て、内藤が苦笑をこぼした。
「よく、そんな甘いもんが飲めるな」
「そうですか? ……内藤さんは、甘いのはお嫌いですか」
「いや、ただコーヒーはブラックがいいな」
 言って、コーヒーに口を付ける。林も口を付けた。飲んでいる最中に背中が曲がっていることに気がついて、姿勢を正す。視線が高くなった。
「……で、何があった」
「テロ予告です」
 勿体をつけず、簡潔に言う。内藤はこういうとき、仰々しく間をあけられるのを嫌う。事態は刻々と変化しているのだ、その時間が勿体ない、と言っていた。
「内容は」
「国会議事堂、その他主要機関の爆破です」
 形いい眉が思い切りしかめられた。ポケットから電子煙草を出して口にくわえる。がりがりとプラスチックと歯が鳴る音がした。
「……ったく、暇人だなあいつらも。まだ新年明けたばかりだろう」
「もう1月終わりますが」
「かわんねえだろう、別に」
「だいぶ違いますよ」
 言うそばから妙な気になった。そう言う自分だって大して意識はしていない。内藤が苦笑した。
「ま、でも今回は出れないかもな」
「そうですね、私たちが出るには大きすぎますし」
「せいぜい、体制強化とか、そんぐらいか」
 はあ、とため息をつく。瞬間、何かがひらめいた。煙草をしまってまっすぐ林の顔を見据える。
「おい、あっちにそれ以外の動きはないか」
「はい?」
 一瞬、呆然としたのを頭を振って持ち直す。彼の頭がいい事なんて自分が一番知っている。というか、陽動の可能性を考えられなかった自分が恥ずかしい。照れた顔を隠すように頭を下げた。
「はい、すぐに洗います」
「ん、頼んだ」
 頭上でコーヒーを飲む気配がする。
「ま、考えすぎかもしれないけどなあ」
 話は終わりだ、と頷かれる。ごちそうさまでした、と一礼してその場を辞した。








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