05






 その日は、なんだってこんな、と思うような快晴だった。昨日まではこれぞ秋と思わせるように涼しげだった空気が燦々と輝く太陽の所為で夏へと逆戻りしてしまっている。嫌だなあ、と清華は呟いた。
「何が嫌なんです?」
 後ろから囁くように聞かれ、清華は思わず不審な目を向けてしまった。
「……瀬崎班長」
「緊張してます?」
 聞かれながらナイフと拳銃を受け取る。それぞれホルダーに入れながらいえ、と簡潔に清華は答えた。
「それぐらいでいいですよ。実際はちょっと派手な喧嘩みたいなものですから」
 仕事内容を喧嘩と言っていいのか、と首を傾げつつも清華ははい、と答えた。瀬崎のあしらいはこれくらいがちょうどいい。半年もいれば流石に加減と言うものが分かってきた。
「あはは、じゃあ、僕はちょっと」
 おそらく班長達の話し合いでもあるのだろう。それこそ出席確認とかかもしれない。忙しくなる前に水でも飲むか、と踵を返した清華の肩を誰かが叩いた。
「何でしょう」
「お、かわいい子発見」
「……かわいい?」
 目の前にいるのはスキンヘッドの男だった。たれ目気味で、隊服の上からでも、かなり筋肉がついていることがわかる。知らない人だ、と清華は即座に判断を下した。スキンヘッドなんて、TPF広しと言えどもそうそういない。
 清華に構うことなく、男が言う。
「そう、かわいい。言われたことねえ?」
「いえ」
「もったいねえなあ。あ、名前は?」
「一班所属の神ア清華です」
「おお、あの神アちゃんか。よろしくー」
 宜しくお願いします、と慇懃に礼を返す。誰だ。
「あ、オレは10班班長原忠」
「あ、どうも」
「でさ、清華ちゃん」
 なれなれしく名前で呼ばれる。それでも不思議と嫌悪感はない。不思議だ、と清華は思う。
「班長会議ってどこでやるか知らねえ?」
「瀬崎班長はあっちに歩いていきましたけど」
「おおそっかありがとー」
 大きく手を振って原は歩いて行った。いいのかな、と思いつつ軽く清華は手を振りかえす。にっと笑った顔が印象的だった。

 1、2、3班の狙撃手が抜かれた合同班が請け負ったのは華々しいが危険も多い、会合会場であるホテルの広間に突入する役だった。三班合同である以外は基本二人一組なのも同じだし、組む相手も一緒だった。
「よろしくお願いします」
「ああ、こっちこそよろしく」
 清華がペアを組む相手は、1班副班長の日馬と言う男だった。ひょろりとした体躯に人のよさそうな顔が乗っかっている。人の名前を覚えられない清華はいまだにこの男の名前を正しく覚えていない。だがそれでも1班副班長と言う実力は本物で、そろそろ30、1班に所属されて5年は経過しているという。
たかが5年、ではない。実行部ならどの班でもそうだが、1班はとくに危険な任務が多い。生き残るには洒落ではなく運と実力が必要なのだ。
事実、清華が入隊してから、この班でも一人、重傷者を出した。命に別状はないがしばらくは復帰できないとのことだった。
半年間で大きな怪我をしていない清華は運がいいのだろうか。それは分からなかったが、5年以上も1班にいる日馬は運がいいのだろうと清華は思っていた。
「ところで、おれの名字は?」
「あー、馬が付きます」
「当たってるんだけどなあ。日馬だって、くさま」
「はあ」
 覚えられるかな、と何とも自信のない返事をしたとき、ぽん、と清華の頭の上に大きな手がのせられた。日馬が驚きに満ちた声を上げる。
「副隊長! どうしたんですか」
「や、ちょっと様子見にな」
「とか言って神アさんの様子見に来ただけでしょう。助平」
「違えよばーか」
 遠くから瀬崎も口を出してきて、あたりがくすくす笑いに満ちる。内藤が女たらしなのも、清華が内藤のお気に入りであるのも周知の事実だ。清華はそんなこと知る由もないのだが。
「で、どうされたんですか」
「だから、様子見だ」
「様子見、ですか」
「そうだよ」
 そこで内藤は何かに気付いたようだった。
「おい、髪伸ばしてるのか?」
「え? ええ、まあ」
「ふーん。まあ、くくっとけよ」
「今から結ぼうとしてたんです」
 春に伸ばそうと決めた髪は、最初肩に着くか着かないかくらいだったのが、今はもう肩甲骨のあたりまで伸びていた。髪が伸びるのも、時が経つのも早い。
「……まあ、結ぶならいいか……」
「どうかしました?」
「いや。ただ、俺は短い方が好きだな」
「はい?」
「じゃ」
 来た時と同じように突然に内藤は去って行った。
「やっぱり、神アさんの様子見に来たんじゃないですか」
 呟いた瀬崎の声が、微かに苛立っている気がした。
 結局水を飲むのを忘れた、と気づいたのはそれから大分後の事だった。








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