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 内藤は、ディスプレイに表示された文字を見て思わず嘘だろ、とつぶやいた。何度も何度も読み返すが内容が変わることはついぞなく、頭に手をやって再び呟かざるを得なかった。
「おいおい……冗談だろ」
 折りよく副隊長室のドアがノックされ反射的に入れ、と答える。顔を出したのは林で、そういえばさっきメールが入っていたことを思い出す。一週間前に出されたテロ予告に関する報告であることは疑いようがなかった。
「すみません、お邪魔します」
「いや、テロのことだろ、なんかわかったか」
「はい」
 使い捨ての薄いプラスチックコップに入れられたコーヒーを一口飲む。コップをテーブルの上に置くのを待って、林が口を開いた。
「結局、いつも相手にしているテログループで議事堂爆破を企画できるところはありませんでした。陽動という可能性もなさそうです」
 ふんふんと頷く。予想通りといえばそうだが、だとしたらどこが企画したのか。大して間を置かずに林がまた口を開く。
「そして、さっき、こんなものが」
 身を乗り出して林が持参してきたタブレット端末をのぞき込む。
「ああ……これでか」
「はい?」
「実は、さっき大久保隊長からメールが送られてきてな。国会議事堂爆破予告の警備にうちも参加することになった」
「そんな……嘘でしょう、それでは、僕たちの存在が世間に公表されてしまいます」
「ま、そうなんだけどな」
 机の隅に置かれていたアルミ製の灰皿を手元に引き寄せて、胸元のポケットに入っている、ややつぶれた煙草の箱から煙草を一本取り出す。火をつけて口にくわえても、林は嫌な顔一つしない。これから喫煙量が増えそうだな、と煙を吸い込みながら内藤は思った。
 林の言わんとしていることはもちろん理解している。TPFは非公式の存在でなければ隊員の安全を保障できないし、容疑者に対し最初から銃火器を使うことも一応とは言え、許されてはいない。存在意義を奪われるにも等しい行為だ、と思っているのだろう。
「上との交渉は隊長の役目だし、あの人だってうちの存在意義はしっかり分かってる。その人がGOを出したんだ、なんか考えはあるだろう」
「それは……そうですが」
 納得できない、と顔に書いてある。ほかの連中は林のことを取っ付きづらいとか何を考えているか分からないと言うが、そんなことはないと内藤は思っている。ただ、確かに人見知りは激しいかもしれない。
「大丈夫だって。一回公表しても、その後どうなるか、だ。国民の反対の声により廃止、とかが妥当な線だろうと俺は思ってる」
「ああ……それなら」
「だろう?」
 納得したらしい林がミルクをふんだんに入れたコーヒーを一口飲む。
 政府の方にしたってTPFの廃止なんて望んでなんかいないだろう。元々は警察やら自衛隊やらが対応していたものを、あまりにテロが増えたために新しくテロリストどもをさっさと片づけるための機関が必要になったのだ。それを今更なくすのは惜しい、と誰もが考えているはずだ。警察はテロの影響かやたらに増えた軽犯罪も対処しなければならないし、自衛隊は軍隊だ。軍隊をなんどもなんども使っては国民感情にも国際的にもまずい。
「それで、だ。今日この後、6時から全体会議をすることになった。いいか、お前も出席するんだぞ」
「えっ」
 鳩が豆鉄砲で撃たれたような林の様子に、おもわず笑いがこみ上げてくる。くつくつと喉の奥で笑いながら内藤は追い打ちをかけるように言った。
「当然だろ。ついでに言っとくと、代行も禁止だからな」
「それは……どうしても、ですか」
「そうだよ」
 笑いながら言うと、林がうう、と頭を抱えた。本気で出席したくないらしい。
「どうしても、どうしても、ですか」
「どうしても、だ」
 そのまま暫く堂々巡りを繰り返して、やっと林は納得した。最後にもう一度だけ念押しをして林を退出させる。残ったコーヒーを飲み干して、内藤はソファから立ち上がった。執務室と続いている放送室の扉を開け、マイクを手に取る。
「各部長、実行部各班長に告ぐ。本日1800より、会議室において、全体会議を行う。繰り返す……」








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