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「――報告は以上です」
 いつになく真面目に瀬崎が言う。それに内藤がむっつりと頷いた。ただ、瀬崎としては仕事中はいつも真面目にしていると思っているし、内藤も別段不機嫌なわけではない。
「分かった。もう下がっていい。……ああ、神アは残れ」
「はい」
「あれえ? やっぱり流石の副隊長様でも耳の横ぶち抜いた新人のことは気になるんですか」
 面白そうに、瀬崎が言う。面倒臭そうに内藤が眉間に皺を寄せた。
「るせえな、手前は下がれっつってんだよ。行け」
「仕方ないですねえ。じゃ、神アさん、僕は先帰るんで、くれぐれも変なことしないでくださいね」
「分かってます」
 無感動に清華が答える。飾り気がないのはいつものことだ。
「じゃ」
 ひらひらと手を振る瀬崎に内藤がさっさと出てけ、とジェスチャーを送る。この二人に関して清華はけっして仲が悪いわけではない、と思っている。
 ここは、東京治安維持部隊本隊。治安部隊となってはいるが、自衛隊などのように国民すべてが認知しているわけではない。寧ろ、知っているのはごく少数である。この隊は、政府につくられた非合法組織なのだ。
 神ア清華はこの4月にその実行班第1班に入隊したばかりである。ただ、今しがた出て言った男、瀬崎亮介が言ったように少々ただの新人とは言えないほど目立ってしまった。彼女自身としては大した事をやった覚えなど全くないのだが……どうも周りはそうは見てくれないらしい。
「ずっと立ってんのもなんだろ、座れ」
 ぞんざいに示されたのは部屋のどちらかと言えばドア側に近く置かれたソファ。指し示されるままにそこに座ると、部屋の主は壁に沿って置かれた低いチェストに向かって何かをしている。
 内藤隼人はこの隊の副隊長兼実行部部長だ。その顔は非常に整っていて、こんな日陰の組織に所属しているのが勿体無いほどだ。此処に入る前からきっと女には不自由しなかったに違いない。尤も、彼が現在相手にするのは花街にいる名前も聞かれないような娼婦だけなので真偽は分からないのだが。
「ほら、飲め」
 目の前に出されたのは紙コップに入った暖かいコーヒー。チェストのところに立っていたのはこのためかと納得しつつ副隊長にたかが新人のためにそんなことをさせたのかと非常に焦る。そんな清華を見通したように内藤が笑った。
「俺が淹れたかったから淹れた。気にするな」
「……ありがとうございます」
 出されたコーヒーは何もいれられていないブラックで、甘党の清華は少々渋い顔をした。内藤がテーブルの上にミルクとガムシロップを転がす。
「使え」
「あ、はい」
 清華はソファに座り冷ましながらゆっくりと。内藤はその背もたれに手をかけ冷まさずに。わずかな沈黙を破ったのは、内藤の方だった。
「で、どうだった? 初めての仕事は」
「……今日は何もなかった日なんですね。いつもそういうことがあると思ってたのでちょっと拍子抜けしました」
 率直に言った清華の言葉に内藤が苦笑を漏らす。
「そんなもんだ。それに、出動するたびテロがあったんじゃ俺たちは休む暇もねえよ」
「…………」
 夢を見過ぎていました、と言おうか言わまいか迷って結局清華は口を閉ざした。それをどうとったのか内藤が言う。
「所詮俺らだって金貰って働いてる公務員だ。だから出勤時刻もあれば定時もある。ま、そりゃテロの時は残業して、規模によっちゃ非番のやつらを呼び戻して対応するんだけどな。少なくとも、俺らがいる範囲ではテロは毎日じゃない。東京都全体、いや全国ぐらいいったら毎日テロはあるかもしれねえけどな。そんなん俺らだけで対処できるわけもねえだろ?」
「……はい」
「だから、この俺たちはとりあえず首都を文字通り死守してる。現場に早く行くために、隊を3つに割ってな」
「3つ?」
「おう。この本隊と、第一分隊、第二分隊だ。知らなかったか?」
「はい」
「そうか」
 ぐしゃぐしゃと髪をかきまぜられる。苦労して寝癖を直してきたというのになんてことをしてくれるのか。非難の意を込めて見上げると、内藤が柔らかく笑っていた。綺麗な表情に目を奪われる。
「知らなきゃ、知ってきゃいいさ。時間はあるんだ」
 どくり、と心臓が脈打った。知らないことは知ればいい。彼女を殺した奴のことも、テロのことも。けれど、時間はないのだ。今しがた内藤自身が言ったではないか。東京治安維持部隊、通称TPFには清華の属する本隊、そして第一分隊第二分隊があると。その中で誰よりも早く彼女を殺した奴を見つけ殺さなければならないのだ。彼女と同じように。爆風で切り刻まれるのが無理なら彼女が死んでから必死で練習したナイフで。或いはまわりの肉をごっそりと抉っていく銃で。清華にはそれができる。自信があった。
「神ア」
 びくり、と肩が跳ねた。別のことを考えていたと丸わかりだ、と内藤は思った。
「一つ教えといてやる。この隊の基本方針では、復讐者には極力情報を与え、最初に復讐する権利を与える。分かったか?」
「……はい」
 驚いた。彼は清華の思考を見抜いていたとでもいうのだろうか。
「その代わりに」
 重々しく口を開く。
「この隊に入ったものはどんな事情があっても死亡扱いとなる。少しでもテロの標的から逃れるために」
「分かってます」
「ならいい」
 手にしていたコーヒーはすっかり冷めてしまった。砂糖とミルクを入れてすっかり甘くなったそれを喉の奥に流し込んでから立つ。
「飲み終わったか? じゃ、話は終わりだ。時間取らせて悪かったな」
 それでなくても疲れてる時に、と内藤は言った。それにいいえと返して踵を返す。
「では、失礼しました」
「おう。ああ、お前ルームメイトと一緒に帰るんだったよな。確か小松だったか。連絡入れといてやる」
「ありがとうございます」
 清華が部屋から出たのを確認して内藤は携帯電話を取り出した。
「……遥か?俺だ」








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