不器用な教師と緩やかに死を待っている男との7日間の話

「何やってるんだ、お前」
「待ってるんだよ」
「何を」
「死」
「……は?」
これでもう5日目だ。ここでこの男を見るのは。
「……まだ、いるのか」
6日目。何を考えているのか男はまだそこにいた。
「行くぞ」
「は? ちょっと!」
7日目。耐え切れず腕を引く。目指すは私の家だ。
「目に付く場所で死ぬな」

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お題は『緑』『舞台』『意識』

舞台袖に立つと、あまりのざわめきの大きさに若干眩暈がした。だがここで倒れてなるものかと意識を引き締めなおす。大丈夫だ、と自分に言い聞かせ足を踏み出す。目線は非常口を示す緑のランプ。人間なんか有象無象だ、見えないのと同じ。自分を鼓舞するように不遜な表情で顔を上げた。

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ナルシストな青年と病的なまでに喧嘩好きな童話モチーフの短編

「ふふふ、今日も僕は美人だなあ」
静まり返った水面を覗き込みながら、笑う。笑うともっと美人だ。うっとりする。ぱしゃり、と魚が跳ねて水面が揺れる。
「っくそ、僕の顔が乱れたじゃないか!」
「きゃんきゃんきゃんきゃんるっせえな、ここはお前だけの場所じゃねえんだよばーか」
唐突に聞こえてきた声に振り返る。後ろにいたのはグレーの気取ったスーツにステッキを持った異様に若々しい老人だ。ああ、と僕は笑みを浮かべた。
「僕の美貌が羨ましいのかい? 残念だったね」
「ああ? 馬鹿言ってんじゃねえ、俺はこの顔で満足だっての。今もご婦人方かららは人気だしな」
自慢げに笑う顔が不愉快だ。淋しい男め、他人の評価ではなく自分がどう思うかが重要なのに。その点、僕の方がよっぽど美人だ。
「魚釣りに来たんだ、そこ邪魔」
「知らないよ」
老人が言うのを無視する。魚を釣る? 冗談じゃない、水面が揺れるじゃないか。それで被害を被るのは僕だ。
「生意気な餓鬼だ」
水に落としてやろうか、と年老いているくせに白い歯で老人は言った。
「やれるもんならやってみな」
喧嘩腰で言う。と、ふわりと体が浮いた。
「そのまま水仙ににでもなっちまえばーか」
老人が笑う。池に落とされたんだ、とやっと気づいた。そのまま老人が踵をかえす。
「釣りは」
「出来るわけねえだろ」
またばーかと言われ、僕はもう老人と会話することを諦めた。

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「キリン」「便器」「mixi」

学校なんて、大嫌いだ。そう小さく独語し隣の友人に笑顔を向ける。
「ごめん、私ネットとかよく分からないんだ」
「そうなの? 簡単だよー」
遠まわしに嫌だって言ってるのが分からないのか、とうんざりした気持ちにさせられた。
今現在私は当世流行のmixiなるものを勧められている。勿論私にそんなものをやろうという気は全くなくこうして再三断りを入れ続けている。わざわざ学校の外でまで学校の面倒臭い関係を続けて何になるというのか。別に悪い事とは言わないし私にも学校の外でも仲のいい友人はいる。ただ、私のそれと彼女のそれは全く違うもののような気がするのだ。例えて言うならば、彼女の友人とは彼女が気に入らない人物を全員で取り囲んで便器に顔を突っ込ませていそうな感じがするのだ。いや、そんなことをやっているのかどうかなんて私は知らない。
それでもその印象が着いてしまうほど彼女の印象は私の中で悪い。ついでに言うなら私は彼女のことが大嫌いだ。私が彼女を嫌いな理由は、大勢でいることが多いというだけではない。それも少数精鋭を気取る私には十分な近寄りがたさを感じさせるものだがもっと決定的なものがひとつ。
私は、彼女の容姿が生理的に受け付けないのだ。なんというか、キリン顔なのである。比較的低めの身長に長めの首、長い顔。長い顔だけなら馬面と評することもできただろうに長めの首までついてきてしまったらこれはもうキリン顔というしかない。まあ、馬面であったとしても関わりたいとは思わなかったであろうが。
まったくもって、馬鹿馬鹿しい。こんな大嫌いな人間でも口に出す時には友人と言わなければならない。
学校なんて、大嫌いだ。

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「英語」「無作為」「紅葉」

ばらばらと、長方形に切られた紙片が床の上に散らばった。
「どうした、大丈夫かー」
教師には適当に返事をして床に膝をつく。単語を組み合わせて英文を作るという時間だった。貴重な英語の時間をこんなくだらないゲームに費やすなよ、と思う。
紙片は何枚か表になり単語が見えている。
ふと、散らばった紙片が何かに見えた。単語が書かれた紙片の裏は赤い。教師が赤が好きだからという理由でこの色に決定したのだそうだ。実際、こんな色では裏から透かし見るなんてできやしない。
ああ、紅葉か、と思い立った。無作為に散らばった紙片が紅葉して地に落ちた無数の葉と重なったのだ。
「何してんだよ、拾えよー」
「……ああ」
ぼんやりと頷いて紙片を手に取る。片手に重ねられた紙は、もうどうしても紅葉にしか見えなかった。

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「自動車」「黒髪」「スキー」

予想外の事態に思わず呻いてしまった。慌てて隣の座席を確認するが、黒髪の彼女は眠りから覚めた様子はない。そのことにほっと一息つく。だが、それで今の状況が改善するわけでもない。せいぜい、不幸中の幸いと言ったところでしかないのが悲しい。そして、何にも知らず隣で寝こけている彼女に少しばかり苛立ちを感じた。
彼女は俺の妹で、どうしてもスキーに行きたいから、と俺の自動車での送迎を願い出たのが一週間ほど前の事だ。なんでも友人とスキーに行くのにできないと恥ずかしいらしい。
馬鹿馬鹿しいと一笑すればよかった。明日は仕事なのに。

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『先生』と『手錠』で音読したくなる話

「先生は、緊縛が好きなんですか?」
ませた子供の問いに思わず苦笑を漏らす。
「まさか。私はただ、この手錠の褪せた色味に惹かれてしまっただけですよ」
「……先生は変態ってことでいいですか?」
「それは否定できませんねえ」
穏やかに笑うと子供も仕方ないなあと笑い返してくれた。

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一人きりの部屋 が舞台で『ハンバーガー』が出てくるラブコメな話

片手に安いハンバーガーセットの入った袋をぶら下げて部屋のドアを開ける。今夜はやけ食いだ。なんたって、曲がりなりにも付き合っている相手に「女っ気ない」と言われたのだ。ああ、苛々する。
ハンバーガーにかぶりつく。
もさもさと咀嚼していると、携帯が鳴った。取って耳に当てるのは反射だ。
「ごめん、俺だけど」
「何」
不機嫌だと分かりやすく声で伝えてやる。大体、この男はいつもデリカシーにかける。
「あのさ、昼間の事なんだけど」
やっぱりそれか。舌打ちしたくなるのを堪えコーラを口に含む。
「あれさ、だからこそ俺といる時のギャップがいいって言おうとしてたんだ」
なんて理不尽な。

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「僕と活字と携帯、プラグでも可」

僕は活字が大好きだ。というより、フォントが大好きだ。凝ってあるのも好きだし、逆に装飾を一切排除したシンプルなのもいい。だが、僕には一つだけどうしても好きになれないフォントがある。
僕はゴシック体が嫌いだ。その派生で丸ゴシックも嫌いだ。MSゴシックとか、MSPゴシックなんかも嫌いだ。
嫌いというより日常に溢れすぎていて面白味を感じないのかもしれない。それでも僕はゴシック体が嫌いだといい続ける。
なのになぜ、僕の携帯にはフォントを設定するという機能がないのだろう。それがないゆえに僕は毎日、面白味のない文字を見続けなければならない。
何ともひどい話だとは思わないか?

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一人きりの体育館 が舞台で『植木鉢』が出てくる爽やかな話

 体育館の2階、体育大会とかの時の試合観戦用に置かれたベンチに一人寝転がって丸くカーブした天井を見上げる。幸い、今はどこも体育館を使わないらしい。おかげで、僕はこうしてひとり穏やかに惰眠を貪ろうとしている。タイミングよく、欠伸を一つ。
 ああ、帰ったらベランダの植木鉢に水をやらねば。
 柄じゃない。そもそも姉貴に押し付けられたものだ。誕生日プレゼントだとかほざいていたが、絶対に認めない。プレゼントと言うのは、相手が欲しがるもののことだ。とか言いつつ真面目に世話をしている自分がいる。
 迂闊にも、はまってしまった。きっと今日もまた、仕方ないとか言いつつ世話を焼くのだ。

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命を絶つつもりの音楽家と格好良いけど草食系な変質者、彼らにとって一生分に値する数時間の話

「やっぱり決めたんだ?」
 綺麗に磨きあげたピアノを指の腹でなでながら聞く。
「うん」
「そっか、まあ、いいんじゃないの?お前のもんなんだし、お前が勝手にすれば」
「やっぱり、止めないんだな」
「止めて欲しいの?なら、泣いて縋ってあげるけど」
 あげる、と言うところにこの綺麗な男の本質が見える。
「いい。君らしくない」
「やっぱり?」
 そう言ってひとしきり笑う。そして、いつもは私が座る椅子に腰かけ、白鍵を一つたたく。
「おお」
 何がおお、なんだろう。ピアノ引きではない彼にピアノの良しあしが分かるはずもないのに。
「ああ、引き止めてはやらないけど、言い忘れてたことがあった」
「何?」
「忘れ物、すんなよ」
「は?」
 まるで、旅行に行く前の注意のようだ。おかしくて、思わずくすくす笑う。
「笑うなよ、未練て意外と足引っ張るんだぜ?」
「そうか」
「そうだよ。だから、いまこそこれまでしたいと思ってできなかったことをやっといたほうがいい。例えばそうだな……」
「うん」
「お前は真面目ちゃんだったから、生まれて初めてナンパしてみるとか、綺麗なねーちゃん買ってきて路上でヤってみるとか、すれ違う女の子の胸のサイズを想像してみるとか、なんか面白いことしてみるとか」
「自分だってやったことない癖に」
「だってオレチキンだもん」
 そう言って、笑う。私も笑う。
「いいや、いいよ。楽しそうだけど、それはそぐわない」
「こんな時までそんなこと考えるなよー」
 そう言いつつ、彼だって、自分は自分以外になれないのだとわかっている。だから。
「ほら、そこ退いた退いた」
「えー」
 いつもの椅子を占領していた友人をさっきまで自分が座っていたソファへと追いやる。
「君の好きな曲を弾いてあげるよ。何がいい」
「やっぱりピアノか。そうだなあ、いつも弾いてたやつ。あれがいい」
「ああ、これ?」
 そういってその曲のさわりを軽く引く。
「そうそれ」
「分かった」
 そう言って手を体の横に垂らし、深呼吸をする。数時間後、彼はもう此処にいないだろう。それでいい。
 まだ冷たい発見の感触を心地いいと思いつつ、ただ一人の友人のために指を動かし始める。




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