夕焼けの見えるファーストフード店 が舞台で『携帯電話』が出てくる明るい話

 空が赤い。紫とピンクと赤が入り混じったような色の空はとてもきれいだと思う。ファーストフード店の薄汚れた窓ガラスで綺麗なんて、と思うけれど。
 冷えたポテトを3本纏めて口に入れる。
 ああ、誰かに教えたい。ああそうだ、ちょうどいい奴がいるじゃないか。早速携帯を取り出し、恋人に電話をかける。

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静寂に包まれたレストラン が舞台で『苺』が出てくるご飯を食べる話

 深夜のレストランで、ショートケーキをじっと見つめる。さて、どこから食ってやろうか。
 大好物のイチゴは既にてっぺんから取り除かれケーキにもたれかかるように鎮座している。たとえこういうところの苺が熟していなくてすっぱいものだとしてもケーキと一緒に食べるなんて言語道断だ。
 散々悩んだ挙句、無難に角からケーキを削っていくことにした。口の中に広がる安い生クリームのべったりとした感触。たまにはこういうのも悪くはない。それからは貪るようにケーキを食べた。食べ終わって、べたつきを消すように紅茶を口に含む。
 そしてじっと、目の前の苺に視線を注いだ。色は悪くない。
 どこから食ってやろうか、とまた考える。こうして考えるとどこか苺を食べる仕草がエロい気がしてくる。とがった先端に口を付け、軽く歯を立てる。苺を支える手は人差し指一本が望ましい。または、熟れたところを舌でなぞりあげ…ああ、面倒臭くなってきた。
 結局何も考えず口の中に放り込んでしまった。

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夕焼けの見えるコンサートホール が舞台で『林檎』が出てくる爽やかな話

 ざわめきの残るコンサートホールを出てロビーの椅子に座りこむ。自販機で買ってきたペットボトルの口を開け、水分を補給する。
 大きくとられた窓から夕焼けの赤い光が差し込んで軽く目を眇めた。きれいだ、と柄にもなく思って彼女の演奏がまだ尾を引いていることを悟る。
 コンサートホールなんて小学校の社会科見学以来だ。そしてもう二度と足を踏み入れることもないと思っていた。俺はコンサートホールのような高尚な場所で演奏されるような音楽を聴く人間じゃない。
 それが変わったのはひとえに彼女のためだ。彼女がピアノを弾くから、こういうところへも来てみる。興味のなかったピアノ曲を聞いてみる。
 ただ、残念ながら俺にはその曲がどういう感じか、くらいしかわかることはない。それでもいいと言ってくれる彼女は優しいのだろう。
 ざわざわとホールから人が移動してくる。さて俺は彼女が出てくるまでどうやって時間をつぶそうか。そう考えつつ彼女の演奏を思う。
 遠くから見る彼女は新鮮だった。いつになく緊張した面持ちで、曲と向かい合う。俺の前では見せたことの無い顔。きれいだ、と思った。同時に寂しさも感じた。俺の知らない彼女があそこにいる。距離が離れたように感じた。
 恍惚と、不安。対極の位置関係にあるその二つを俺はもてあます。彼女に逢いたい。
 いつの間にか、会場の人波も大分消えていた。
 手のひらの温度でぬるくなったペットボトルをまた口に運ぶ。ぬるくなっても水分は水分だ、乾いた口に、のどに潤いを与えていく。ペットボトルのふたを閉めて立ち上がる。
 座り続けていたせいで腰が痛い。そういえば、彼女はどこから出てくるのだろう。ふと心配になって携帯を取り出す。彼女の番号はいつも履歴の一番上だ。はらはらしながらかけたそれは3コールもしないうちにつながった。
「もしもし?」
「俺。今どこ?」
「え、今からホールでるとこだけど、どうしたの」
「いや、俺もまだホールだから先に帰ってたらどうしようかと」
 彼女が笑う。
「ん、わかった。一緒に帰ろう。車?」
「うん」
「じゃあ駐車場で待ってて。あ、暑いか」
「別にいいよ」
「本当? ありがと」
「うん、あ、今日の演奏凄かった」
「気に入った?」
「うん、あ、何か食べたいものある? 俺が作るから」
「え?! んー、そうだなあ、林檎」
「アップルパイとか?」
「普通の。よろしくね」
「わかった」
 そう言って電話を切る。林檎はどうしようか、と考える。帰り際にスーパーにでも寄るか。頑張って兎型に切ってあげよう、と俺は彼女を甘やかすことばかり考える。

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単発

 最近、母は飲み会に行くことが多くなった。月に2,3多い時は毎週。前はこんなじゃなかったのに、いつのまにか。前は、行っても月に一回、行かないことの方が多かった。それも土曜日とか、父親が早く帰ってくるとか。私の母親は優しい。

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単発

「おかえり」
 当然とばかりに投げられた言葉に一瞬理解が追い付かなかった。そして、理解した途端、膝が崩れる。
 どうして、どうしてまだあなたがここにいるの。
 叫ぼうとしても喉はきちんとした言葉を吐き出してくれない。ようやく自分が泣いていることに気が付いた。
 どうして、どうして。沢山沢山ひどいことをしたのに、どうしてまだそこにいるの。
 崩れた膝の上に涙が落ちる。泣き顔は嫌い。かわいくない。不細工になった顔をかわいいという神経が信じられない。そう、信じられない。
「んで泣いてる」
 いつのまに近寄ってきたのか少しぎこちない左手が頬を撫でる。
 淋しい、悲しい、嬉しい。
 絡まりあった感情が少し邪魔だ。
 飽きずに頬を撫で続ける左手に、小さくごめんね、と謝って甘えるように頬を摺り寄せた。

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「帝都」「メダル」「バイオリン」

「なあなあ、あんた、帝都に行くの?」
 横からかけられた質問に驚いて首を回すと、まだ幼い少年がこちらを覗き込んでいた。
「いや、帝都から帰るところだ」
 微笑すると、少年が首を傾げた。
「今帝都はメダルがどうのとかでうるさいじゃないか。このバイオリンは、頼まれ物でね。丁寧に仕上げたいんだ」

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「青空の眩しいファーストフード店」

 青く染まった空が目に痛い。カーテンでもないかと思ったがファーストフード店にあるわけもない。第一、カーテンなんか引いていたら外からどれくらい客が入っているのかもわからないし、何かあった時、外から対処のしようがない。
 若干苛々しながらネクタイを緩めて、息を吐く。まったくもって、窓際なんか選ばなければよかった。店に入ってきたときの自分の心境を呪う。ここは、日当たりが良くて気持ちがよさそうだ、と思ったのだ。
 猫か、と自分で突っ込みを入れたくなる。
 実際ここは暑いし眩しいし、最悪としか言いようのない場所だった。ジャケットを脱いでもまだ暑い。
 苛立ちまぎれに、買ったコーヒーを喉に流し込む。
 涼しくなったからホットでいいか、と考えた自分の思考をまた呪う。暑くて熱くて飲めたものではない。プラスチックのふたを外して熱を逃がそうと試みる。試みたところでどうにかなるものではなかったが、やらないよりはましだろう、とそのまま放置する。
 どやどやとしか形容できない物音を立てて何かが階段を上がってくる。確認しなくても分かる、これは若さと時間を持て余した学生だ。特別嫌いと言うわけではないが、学生がいる空間と言うのは必ず騒がしくなるから今のような精神状態で同じ空間に居たくはない。
 さっさと帰ろう、とコーヒーに蓋を着ける。ずるずると飲み乾しながらなんとなく動き続ける学生の群れを見ていると、その一人と目が合ってしまった。こちらが視線を外す前にさっと外された視線にああ懐かしいな、とぼんやり思う。
 あの頃、大人と子供の中間と言う身分を甘受して、それが不満だったころ、大人は皆昔に帰りたいと言うと思っていた。実際大人になってみると、案外そうでもないことが分かってくる。
 確かにあの時ああしておけば、とかもあるが、まっさらな状態からやり直したいとは思いはしない。結局自分は今この人生に満足しているんだな、と思ったところでコーヒーを飲み終わった。
 そのまま席を立ってファーストフード店を後にする。

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静寂に包まれたレストラン が舞台で『指輪』が出てくる頑張る話

 かち、と指輪とグラスがぶつかり、小さな音を立てた。それでも深夜、人がまばらになったレストランでは十分に響く。目の前に座る彼女が、む、と眉を寄せたのが目に入った。
「ねえ、それ、さっきからうるさい。はずしたら?」
「うん? ん、やだ」
 応えて、グラスに入った水を少し口に含む。彼女の眉間にますます皺が寄り、思わず笑みを零す。
「この前、忘れそうになったんだ」
「そんなの、鞄か何かにいれとけば?」
「指輪の意味がない」
 グラスを静かにテーブルに置く。ふ、と案が浮かんだ。
「君が、嵌めてくれるならいいよ」
「は?」
「指輪」
 左右の手にいくつも嵌めたそれを目の前にさらす。訳が分からずに手をじっと見つめられた。ぱちぱちと目を瞬くその姿がなんともかわいらしくて微笑む。そうせれば、また彼女がむっとした。
「ねえ、からかってるでしょ」
「ん、そんなことはないよ」
「嘘」
「本当」
 むすっとした顔の彼女と、微笑んでいる自分という絵柄では、たしかに自分が彼女をいじめているように見えるかもしれない。そんなつもりは毛頭ないけれど、無意識でいじめてからかっているのかな、と考えてみる。それでもやっぱりそんなことはなくて、首を傾げた。
「本当に、からかってるつもりなんてないんだけどなあ」
「……いいよ、もう。食べよ」
 むくれた顔のまま彼女がカトラリーを手に取る。ふうん、と煮え切らないような返事をして、自分も食事に手をつける。

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夕焼けの見える部屋 が舞台で『指輪』が出てくる戦う話

 隣りで午後中ずっと寝こけていた男がうぐ、とうめき声をあげた。襲い掛かってくる敵を倒しきって、やっとゲーム画面から目を外す。男は重たそうに頭を上げて、くあ、と欠伸を一つこぼしながら目を擦っていた。
「やっと起きたか」
「……眠い」
「知るか。大体、お前はなんでいつもいきなり来て寝るんだ」
 文句を言いながらゲームをセーブし、電源を落とす。生憎、目の前の男はゲームをしない。もし少しでもするなら少しは関係性も変わっていたかもしれない。その男はと言えば、ごりごりと首を鳴らしながら、大して意味のない文句の質問の答えを探しているらしかった。
「ソファが気持ちいいから……?」
 微妙に疑問形になった語尾にきゅ、と眉を寄せる。
「なんで、疑問形なんだ」
「特に理由が見当たらなかった」
 要は、都合がいい奴ってことか。それは随分失礼な評価じゃなかろうか。そう思ったのが顔に出ていたのか、そうじゃない、と首を振られた。意外と表情に出るんだ、と昔言われて驚いたことがある。
 別にポーカーフェイスを気取っているわけではないが、目つきが悪いとか何を考えているか分からないというのが一般的に聞く自分の顔についての評価だった。目つきが悪いのは生まれついての、いくら寝ても消せない隈の所為だ。表情を作っていると言われたこともある。そんなことはなかったので驚いた。そう言えば、自分の表情を分かりやすいと言ったのはこの男だったかもしれなかった。
「お前は優しいし、顔で敬遠されがちだが面倒見がいい」
 ぽと、と落された言葉に、は、と息が漏れる。爆笑する。
「わっけわかんねえ!」
 げらげらげらげら、笑いが止まらない。そう言えば、こんなに笑ったのは久々だ。相対する男がむ、と眉間に皺を寄せる。素直な心情を言ったのに爆笑するとはどういう了見だ、と顔が言っている。あと3秒笑い続けたら殴られるな、と思ったが笑いの発作は治まらなかった。予測は外れず、左頬に重い一撃が飛んでくる。抵抗する意思もなく跳ね飛ばされた。
「あー、はは、痛ってえ」
 笑い続ければ、男が困惑したような表情を浮かべた。確かに気持ちが悪い。久々に表情筋を駆使したせいで頬の筋肉が引きつっている。
「あー、別に優しくしたつもりなんかなかったのにな」
 いつも、適当にあしらっていただけだ。それを優しいという。自分と他者とで大きく食い違うと人はそれを笑うらしい。
「だけど、優しいだろう」
 もう一度、言われる。今度は吹き出さなかった。代わりに、ガシガシと頭を掻く。
「で?本当の用件は?」
 分かり切っていたことを聞く。ん、と頷いて左手が差しだされた。
「結婚することになった」
「気づいてたよ、ばーか」
 きらきらとシンプルなリングが輝いている。

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夕焼けの見えるコンサートホール が舞台で『紅茶』が出てくる楽しい話

 ねえあの人、と紅茶を飲んでいた友人が小さく指差した。ん、と生返事をしながら首を後ろに回し、その顔を確認する。
「ああ、さっきの?」
「そう、ヴィオラのイケメン」
「んー、駄目だ、顔見えない」
 うっかりコンタクトレンズを忘れてしまったために、友人の顔は見えてもその人物の顔は分からない。残念、と言いながら首を前に向けなおす。夕陽が大きくとられた窓から差し込んで全身を温かく包む。昼間は暑いとすら思うが、この時間のそれは大分好ましいものになっていた。
「でも、コンタクト忘れたの今日でよかったよね」
「まあね。音楽は聴いてるだけでも楽しめるし」
 皿に盛られたクッキーをつまむ。
「あ、こっち歩いてきた」
 友人がそわそわと落ち着かなさげに背筋を伸ばし、居住まいを正す。その様子に思わずくすりと笑った。
「そんな意識しなくてもいいじゃん。あれだったら、コンサート良かったですとか言ってくれば?」
「いや、初対面でそれは迷惑でしょ……」
 そう言いつつも目線が裏切っていた。

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「羊」「ブランド」「作詞」

 言葉を紡ぐとはよく言ったものだ。くるりくるりとペンを回しながら独りごちる。紡ぐと言えば連想されるのは糸と言葉だが、その両者には如何ともし難い隔たりがあるのだと、先人たちは考え付かなかったのだろうか。人間、言葉を使うことは簡単にできても紡ぐとなると難しい。意思表明の上に、更に表現という、何とも言えない物が乗っかっている。対して、糸を紡ぐという行為は基本的には作業だ。羊毛にしても麻、絹、木綿、どれをとっても作業である。そこに表現と言う行為は含まれてはいない。それなのに、同じ紡ぐという語を使うのは妙ではないのか。
 そんなことを作詞の合間に考えて、溜息を吐く。そんなことを考えていても一行も仕事は進まないし、ひいては給料が危うい。そういう意味では"言葉を紡ぐ"ことも作業だな、と自嘲する。作業机の前に座って10時間、いい加減集中も切れてきたし、気分転換を図るのがいいかもしれない。卓上のデジタル時計を確認して、今が昼間だと知る。日も昇らない早朝に起きだしてからずっと、カーテンも開けていなかった。立ち上がってばさりと厚手のカーテンを開け、陽光に目を眇める。さあ、これからどうしようか。気分転換だ、外に出よう。映画を見るのもいいし、好きなブランドのショップを覗きに行くのもいい。そういえば、最近音楽を聞いていない、CDでも漁りに行こうか。そうと決まれば着替えをしなくてはならない。クロゼットを開いて適当な服をベッドの上に放り出す。あらかた落ちているだろうが、寝癖がないかも一応確認して、鍵と財布を手に小さな部屋からでる。そうだ、本屋なんかもいいかもしれない。久しぶりに写真集を見てみようか。決めきることはしないで、アイディアだけを浮かべていく。折りよくバスがやってきて、対して考えずに飛び乗った。いつもは使わない方の駅名が表示されていた。記憶にある姿とどれだけ変わっているのだろうか。微かな振動に揺られながら、子供の様に窓の外の景色に見入る。

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雪の日の一幕

 きしきし、きゅいきゅいと雪が鳴った。滅多に受けないその感触に思わず丸く目を見開いて足をゆっくりと踏み出す。かかとから新雪の上に足を下ろして、足の裏全体で雪を感じたところでぐっ、と重心を前に移動させる。きゅう、と雪が鳴って、思わずにやりとしてしまう。調子に乗って、ずんずんと歩を進める。最初は小股だったのがだんだん大股になって、そして、つるり、と滑った。大きくよろけて、どうにかバランスをとる。笑い声一つ周囲からは上がっていないのに赤面した。やっぱり、はしゃがず堅実に、小股で歩こう。

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バス

 彼女は足を踏み出そうとしてわずかに逡巡した。転ばないだろうか、段差に擦らないだろうか、そういうことを心配しているようだった。だが、バスの乗降口であるそこには人が寄ってくる。思い切ったように、少しばかりつんのめるように彼女は足を踏み出す。地面に足を付けて、安心したように微笑んだ。




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