「毒」「街金」「フォルダ」 まさかのキーワード「毒」忘れ

 情報端末が無機質な音声を発する。内藤隼人は渋々腰を上げた。折角仕事がひと段落ついたから一服でも、と思っていたところだったのに。だが、緊急の内容だったら今見ないとまずい。その生真面目さが内藤を仕事人間だと思わせる所以だった。
 送られてきたのはいつもの林からのファイルではなかった。
 内容は、管轄内の街金で現金強奪が起こったらしい。そんなの警察の仕事だろうと思うが、どうやら犯人グループは手榴弾や銃を持っているらしい。それでテロと判断され警察には回されなかったようだ。
「面倒臭えな」
 ぼそりと内藤は呟いた。どうも最近警察が怠けているように思えるのは内藤だけだろうか。
 とりあえず今シフトの班に連絡を付ける。何の偶然か、一班で、出たのは、おそらく貧乏くじを引いたのだろう、神ア清華だった。
「はい、一班所属、神ア清華です」
「俺だ」
「……内藤さんですか」
「警察がサボって俺らに現金強奪の犯人捕まえるように言ってきた」
「なにそのつまらなさそうなの。まさか、一班じゃないですよね」
「そのまさかだ。車の場所言うから覚えとけよ」
 清華はまだぶつくさ言っていたが一応覚えたらしかった。あとは、一班の情報担当にGPS情報を送って終りだ。
 ところで、瀬崎は何をしているのだろうか。
「おい、亮はどうした」
「さっきジュースでも買いに行くって」
 弟分の些か気紛れすぎる行動に頭を抱えるが、清華にそれは見えはしない。
「……じゃ、亮回収してから向かってくれ」
「分かってます。もう、いいですか」
「あ? ああ、じゃ、報告忘れんなよ」
「瀬崎班長じゃあるまいし」
「そうか」
 ぱちりと携帯端末を閉じ瞑目する。この分ではさっさと終わるのだろう。

 清華が亮と共に副隊長室に入ってきたのは17時ごろだった。何もなければ16時には終わるシフトだから、1時間ばかりの残業となる。
 不機嫌な表情の二人を軽く労う。
「お疲れさん。どうだった」
「何事もなく取り返しました」
 そう答える瀬崎の声と表情が固い。面倒なことがあったんだな、と察する。
 さっさと出ていきたそうな瀬崎を帰し、清華を残らせる。瀬崎はこれから遥の所にでも行くのだろうか。だが俺には関係がない、と内藤は自嘲する。
「で、清華。何があった」
 聞きながら二人分のコーヒーと、清華がいつの間にかおいていたクッキーを用意する。これは3枚までなら内藤が食べても怒られない。4枚以上食べようとするとすぐ「内藤さん、食べすぎじゃないですか?」と聞かれるのにも慣れた。その3つをソファ前のローテーブルに置く。
「大体、なんで私たちが犯人とカーチェイスしなきゃならないんですか?!」
「したのか」
「しましたよ!」
 それは災難、としか言うしかない。TPFの車両には赤色灯やらサイレンやらは付いていない。ごく普通の、一般車両だ。そんな車でカーチェイスをしたとなると、おそらく犯人を捕まえた際に清華たちも警察に足止めを喰らったのだろう。
 話していて苛立ちがぶり返したのか清華がソファをぼすぼすと殴り始める。
「まあ、これ食え」
「……いただきます」
 差し出したクッキーは難なく受け取られた。どうにも清華は菓子の類に弱い。それも、可愛らしいとは思うのだが。
「ま、よくやった。上には苦情込みで報告しといてやる」
「……分かりました」
渋々、清華が頷く。仕上げとばかり、その頭を撫でてみた。

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青空のまぶしい教室 が舞台で『ジョウロ』が出てくる明るい話

 眩しいと思えるほどの青空を見上げながら手持無沙汰にくるりくるりと掌の中のシャーペンを回す。雲一つない均一な濃さの青空はまさしく絵具を溶かしたようで現実味がない。
 込み上げてきた欠伸を何も考えずに解放する。溢れそうな涙を瞬きで誤魔化していると、軽く肩を叩かれた。
「何見てんの」
「空」
 肩を叩いてきたのは友人の田中だった。誰にも断ることなく目の前の椅子に腰かける。勝手知ったる自分の教室だ、構うわけもない。
「そうだ、隼人、この後暇?」
「まあ、一応。……あ、2時くらいまでだな」
「ん、なんかあんの?」
「いや……遥が用事あるらしい」
「用事って……告白の間違いだろ」
「いや、違うと思う」
「いやいや、絶対告白だろ」
「……どうだろ」
「照れるな照れるな。ところで隼人君のお返事は?」
 にやにやしながら聞いてくる田中にそれでも怒りは沸いてこない。不思議だ。
「決めてない」
「え。好きとか嫌いとかだけでも」
「じゃあ、好きに分類しておく」
「そんな適当な」
「こんなもんだろ」
 そっか、と田中が楽しそうに笑う。
「そういや、お前こそなんかこの後あんの?」
「あー、うん、一応」
「一応? なんだよ」
 そろそろ眩しさが目に痛くなってきて席を立つ。ブラインドを下ろすと視界が緑に染まっていて、いつの間にか網膜が焼けていたらしい、と苦笑した。とりあえずできた一部分だけの日陰に満足して元の自分の席に座る。
「頼みがあるんだけど」
 いつになくかしこまって言うものだから思わず笑ってしまった。
「なんだよ」
「一緒に、じょうろを買ってもらえませんか」
 半ば叫ぶように言われた言葉に理解が追い付かない。え、と気の抜けた声を出してから内藤は気を取り戻したように聞いた。
「田中。まずじょうろってなんだ」
「姉貴が買って来いって」
「ああ、なんか勝手にベランダで野菜とか育て始めちゃってる」
「そ。それで今使ってるじょうろが小っちゃいとか言い出してさ」
「買って来いって?」
 頭を抱えながら田中が頷く。見ている内藤だって頭を抱えたい。
「まず、田中。一つ言っとくけど、男二人でそれ買いに行ったらもっと恥ずかしいと思う」
「いや、でもひとりよりましかな、とか」
「……遥呼ぶか」
「え、いいの」
「いいんじゃねえ? 大体二時くらいがいいって言ったの俺だし」
「じゃ、お願いします本当に!」
 机に頭を擦りつける姿は必死なもので、笑うものじゃないのに笑ってしまう。制服のポケットから出した携帯は難なくつながった。

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真夜中のファーストフード店 が舞台で『積み木』が出てくるノンビリした話

 ふう、と座席に戻った途端溜息を吐かれた。
「なんだよ」
「星なんてやっぱり見えないよね」
「はあ?」
 ガラス窓の向こうの空は只々黒いばかりで何も見ることができない。月があれば月くらいは見えたかもしれないが生憎今日は新月だ。
「なんかね、昔施設の子と天体観察したの思い出しちゃって」
「へえ」
「いつもは積み木投げたりしてくるような子とかもいたんだけど、その日は皆静かに空見上げてて。あれはオリオン座、とか必死で見てるの」
 可愛かったなあ、と遥が溜息交じりに呟く。
「いい思い出あったんならよかったじゃねえか」
「隼人にしちゃいい事言うじゃない」
 ポテトを咀嚼して反論は呑みこんだ。

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『男子中学生』と『テレビ』が出てくる夏っぽいお話

 広い食堂の隅の方で10人ほどが集まって何かをしている。いつもなら通り過ぎるその光景も、輪の中心人物を見て考えが変わった。
「おい」
 びくり、とスキンヘッドが肩を揺らす。恐る恐る振り返って、安心したようにその顔に微笑みを浮かべた。
「副隊長じゃないですか、脅かさないでくださいよ」
「熱中してるお前らが悪いんだろ。で、何してたんだ」
「え? いや、何もしてないっすよ」
「嘘吐け、だったら袋に隠したそれ見せろ」
 原がうろうろと視線を右に左に彷徨わせる。その時点ですでに怪しいものだと示しているのに気が付いていない。単純で憎めないやつではあるが、それは欠点でもある。
「……ま、内藤さんなら、平気かなあ」
 その言葉に、隊員が袋を内藤に差し出す。レンタルビデオ屋の紺色の袋の上から触って、それがDVDであることを内藤は確信した。がさり、とそれを取り出す。
「……で?」
「いやだから、夏だし俺の部屋にでも集まってそれ見ようかなあ、みたいな」
「阿呆か」
 出てきたのは、所謂AVである。眉間に刻まれた皺に指をやって、深々と内藤は嘆息した。原とその部下たちが恐々と見つめる。どうせ没収されないかとか、そういうことを心配しているのだろうが、そんなことをするつもりはない。第一彼らは全員18歳以上で見ることに問題はないし、なによりも面倒だ。
「あのなお前ら」
「は、はい!」
「んなもん寄ってたかって見て楽しいか? 男子中学生かよ!」
「……え、そこっすか」
 呆気にとられたように原が言った。
「たりまえだろ、見る分には問題なんかねえし、没収なんざ面倒だし」
「そ、そうすか」
 良かったあ、と内藤以外の全員が溜息をもらす。
「じゃあお前ら、あとで俺の部屋に集合な」
「はい!」
「おいこらちょっと待て、やめないのかよ」
「だって副隊長今別にいいって言ったじゃないすか。……あ、小松部長には内緒でお願いします!」
 原が何とも爽やかな笑顔で言った。これ以上水を差す気が失せてしまった、と内藤が苦笑を零した。

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青空のまぶしい街角 が舞台で『ジョウロ』が出てくる救いのない話
上のジョウロの話の続き

 朝から雰囲気が重たかった。だから、いつも通りに気安く呼びかけることは憚られて、結局話しかけたのはその日の放課後、帰る間際になってしまった。田中はその日、昼飯も独りで摂っていた。その背中があまりに萎んでみえて、佐藤も竹中も「どうした」だとか「女に振られたか」とか内藤に言いに来た。本人に言えよ、といつもなら言うのだが、本人が本気で気落ちしているようなのでそれも言えない。溜息を吐いて知らねえ、とだけ言っておいた。そうこうしてるうちに遥が来た。
「どうしたの? 田中君、随分気落ちしてるみたいだけど」
「俺が知るかよ。朝からあんなんだった」
「へえ、珍しい」
 普段の軽いノリを知っているだけに、心配は大きい。
「ちょっと隼人、聞いてきたら」
「やだ」
「やだってあんた、友達でしょ」
「だからこそだよ」
 そういうと、遥が意外そうに眼を見開いた。
「……あんたでも、人を気遣うことってあるんだ」
「お前、俺のことなんだと思ってるんだ」
「糞男」
 遠巻きに見ていた二人が笑い出す。後で締める、と誓いながら遥に何処が、と聞いた。
「なんでも出来て、憎らしいくらい運がいいところ」
「はあ?」
 それだけ言って、遥は教室を出て行った。まるで台風だ。何がしたかったのか、未だに理解できない。田中が席を立った。後ろの方の席にいる二人の視線が痛い。
 ドアをくぐりもう廊下に出ていた田中の背を、慌てて追いかける。いつもとは違って歩く速度が速い。階段を駆け下りて下足室で靴を履く。その間にもう田中は校門を出たようだった。
 田中は靴をしっかり履かない。常にかかとを踏み潰している。それが内藤は嫌いだった。
 走って追いかけて、やっと住宅街の曲がり角の所で追いついた。走ってきた勢いのまま、田中の肩を叩く。
「おい、今日どうした。へんだぞ」
「隼人」
 絶望しきったような声を田中は出した。思わず内藤も身構える。
「……枯らしたんだ」
「は? なにを」
「前、ジョウロ買いにいっただろ。その後、俺もはまっちゃってさ……ただ、こないだ枯らしちまったんだ。苔盆栽」
 ぶふっ、と佐藤と竹中が噴き出した。内藤はむしろ、唖然としすぎて何も言えなかった。苔盆栽? じじいか。
「馬鹿にするなよ! 最初はただの姉貴の手伝いだったんだから……」
 とりあえず、そのうちに情がわいてきて貰い受けたのだろう。そうか、と頷きつつ、内藤は青空の輝く空を睨みつけた。




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